伝え方

 博物館の展示では、来館の子供たちの興味をひきつけ展示内容の理解を促すべく、さまざまな演出や工夫が凝らされている。その演出や工夫がうまくいく場合もあれば、逆にスポイラーになる場合もある。うまくいくかどうかは受け手側の特性にもよるので、以下の感想は「少なくとも僕の近くにいる男児にとっては」という但し書きつきで。
 僕が経験した最大のスポイラー物件は、モンゴル恐竜展をみたときのタブレット端末である。観覧順路のところどころに展示と絡めたクイズやゲームをするポイントがあり、クイズに全問正解するとタブレットの中でお宝が得られるといった内容だった(…ように思うけど、記憶があやふや)。このとき、子供(当時6才)は、タブレット端末の派手な画面や音に夢中になって、目の前に静かに鎮座している素敵な化石に目もくれないような状況に陥りかけた。「クイズよりこっちがすごいで」とそそのかして化石をいっしょに楽しんで、いまでも子供はそのときに見た化石の話をしてくれるので(プロトケラトプスの成長段階の異なる頭骨をならべてたのとか)、かろうじて軌道修正には成功したようだ。けど、展示とタブレットと当時6才の男児との相性の悪さを痛感した。あのときの500円は授業料としてはまあ妥当だったか。タブレットも使いようで、すばらしい例もきっとあるとおもう。そういう例には出会ってみたい。
 それから、よくあるのは、入り口で紙片をもらって、展示をみながらクイズに答えていくというもの。紙片には、展示のサブテーマごとに1問程度の割合でクイズが書かれている。展示をみれば即座に答えがわかるような平易なクイズであることが多い。これが、ええようで、あかん。いろんな展示をみるつもりでやってきたはずの子供が、クイズの用紙を見たがさいご、クイズに答えることを目的にしてしまう。1問解き終わったらそわそわして、つぎはどこにあるの、という。クイズに関係のない展示をすっとばして次へ進もうとする。まったく落ち着きがない。タブレットの動画や音声の派手な演出がなくてもこれなので、クイズを解きながら進むという形式そのものがいかんのかもしれん。クイズは「この展示をぜひ見て」という作り手からのメッセージかもしれないが、平易なクイズの場合、こどもは説明文の中のキーワードだけしかみてないので、フックになってない。説明文だけをみて標本をみてない疑いすらある。もしクイズを出すとしたら、出口で出してもらう方が僕の近くにいる男児にとってはいいかも。で、答えが気になったらもう一回みておいで、というような。
 クイズなんかが用意されていない展示のときは(たとえば大阪湾展のときとか)、子供らは展示を自由に見て回り、自分の気に入ったところで長く足をとめ、僕が気づいていない発見をして教えてくれたりする。「ここを見て」ではなく、「好きなように見て」のほうが展示が生き生きとする場合もあるようだ。
 さてこのたび、8才と5才の男児といっしょに大阪市立自然史博物館の特別展「たまごとたね」に行ってきた。この展示でおこなわれていた演出がなかなかよかった。
 「たまごとたね」では、受け付けで1枚の紙片を渡される。これはクイズではなく「たまごvsたね」のジャッジペーパーだ。第1ラウンド「遠くまで広がるのはどっち?水編」、第4ラウンド「へんな形なのはどっち?」など、全部で22のラウンド(テーマ)があり、それぞれについて、たねとたまごのどちらが「勝ち」なのかを判定するようになっている。
 第1ラウンドを見終えたところで、8才児が「ラウンド1は結局どっちの勝ちなん?」と言った。彼はこれまでの博物館での体験から、これもクイズだと思ったのだった。それで「これはクイズとちゃうねん。正解はないねん。展示をみておもしろいと思った方にマルをする。どっちがおもしろかったかを自分が決めるんやで」と教えてあげた。そうしたら8才児は「そうなん?どっちやろ」といいながら第1ラウンドをもういちど見に行って、しばらくしたら「たねやな」と言いながら戻ってきた。8才児はそのあとも各ラウンドをみて、おもしろポイントを自分なりにさぐっていた。しっかりしたつくりのジャッジペーパーの雰囲気がそうさせるのか、各ラウンドの勝者を選ぶことに何かちょっとした責任のようなものを感じているようで、真剣にとりくんでいた。「食べられやすいのはどっち?」という第6ラウンドには「食べられやすかったらあかんやん」とツッコミをいれていた。一方、5才児は自由人なので、クイズじゃないとわかったらジャッジペーパーはどうでもよくなって、興味の赴くまま、展示室をじゆうにうごきまわっていた。クサガメのあかちゃんをみて歓声をあげて「カメおったー」と僕を呼びに来たり、孵化したばかりのアカウミガメの液浸標本をみて、生まれてすぐ死んだんかわいそうや、と言ったり、イルカのダジャレにばかウケしたりしてた。
 ジャッジペーパーのええところは、サブテーマごとにどれか1つの展示を見せるのではなく、勝者判定のためにサブテーマ全体を見せるようになっていること。さらに、決まった答えがあるのではなく、自分がどう思ったかで「勝ち」を判定できること。ラウンドごとに自分にとってのおもしろさを確認していくような効果があった。「勝ち」ではなくて「価値」の判定。大人も楽しめた。とくに、各ラウンドでの植物担当と動物担当の研究員のコメントや、あるいは、「繁殖に全力投球なのはどっち」のようななんかムリのあるラウンド設定とかに、作り手の熱意が垣間見えて、面白かった。
 主に8才児のペースで見て回った。入口から出口まで、2時間近くを要した。落ち着きのない彼がそれだけ集中してたのはすごい。8才児が一番気に入ったのはフタゴヤシとライオンゴロシとルリタテハのたまご。5才児はクサガメの赤ちゃんとタビビトノキとライオンゴロシ。こどもたちは、ちゃんと自分なりの面白さに出会えたのだった。