この口か!この口が言うたんかー!(反省文)

 先頃の調査旅行の夜のこと.泡盛をかぱかぱ飲んでちょっとおかしくなった僕が同行の友人に暴言を吐いたらしい.
 「これがサツマサンキライじゃないなら何がサツマサンキライやねん!アホか!」
 3人で植物標本の同定作業をしているさなか,本当にそう言ったらしい.僕は酔っててまったく覚えていないのだけど,なんたることか.このときいっしょに標本をかこんで図鑑を引いていた友人2名は確かな識別眼を持ち博識で才知あふれ親切で丁寧で上品でほんとうに尊敬すべき人たちなのだ.そんなひとたちに「アホか」はないよね.いや,どんな人が相手であっても「アホか」はないよね.そんな言葉を口走ったとは申し訳ない気持ちでいっぱいです.
 人を傷つける暴力は反対.心を傷つける言葉の暴力も反対.僕は2月8日にも言葉の暴力はだめだということを自らにたたきこんだばかりなのだけれど,それも活かされず,ほんとうに反省します.まったく僕はアホか.
 
 人を傷つけるといえば,この「サツマサンキライ」という植物もたいがいで,薩摩にある山帰来だからサツマサンキライなんだけれども,さつまさんという姓の方がいる場所でこの植物の名前をうっかり出したらさつまさんが傷ついてしまうおそれがある.それで,さつまさんがいるときにはなるべく小さな声でサツマサンキライというか,あるいは異名のサツマサンワリトスキで言い替えるか(アシをヨシというようなもの),なにかしら工夫がいるんじゃないかといういわく付き物件.
 ところが「キライ」は本当に傷つくのかというと一概にそうとは言えない.言葉はそんなにうすっぺらくない.頬赤らめた妙齢の婦人に袖口をつままれたり二の腕を軽くつねられたりしながら「うんもういややわあ.さつまさんきらい」といわれた場合のサツマサンキライだと,さつまさんはたぶん傷ついていない.あまつさえ,妙齢の婦人がさつまさんの背中にしなだれかかりつつ「さつまさんの……あ・ほ」という場合には,アホですら傷つかない.むしろもっと言って状態.つまりはキライだろうとアホだろうと文脈依存であり状況依存である.実に言葉は一面だけではとらえられない.厚みもあるし多面的でもある.
 
 これを踏まえて,冒頭の「これがサツマサンキライじゃないなら何がサツマサンキライやねん!アホか!」はもしかしたらもっと言って状態的な文脈ではなかったでしょうか.
 すみませんすみませんすみません.
 

これがサツマサンキライ(2007年2月撮影).複散形花序が特徴.