どろながし

 学校の近所のため池で「どろながし」が行われたので参加した.
 どろながしとは,池の水を抜き,ため池の底に堆積した泥を下流へと押し流す行事.ため池のメンテナンスの一環である.「カイボリ」とか「池干し」という地方もあるが,淡路島では「どろながし」または「ごみながし」と呼ぶことが多いようだ.
 どろながしを実施するため池は,農村の高齢化や人手不足のために減っている.しかし,ここ数年,淡路島では海の漁師さんと里のお百姓さんが協力してどろながしを復活させるようになってきた.というのは,漁師さん達は,漁獲や海苔の色づきがわるいのは海が貧栄養になってきているのが原因とかんがえていて,海の栄養塩をすこしでも増やすために,ため池のどろを流下させたいと考えているからだ.
 つまり,今回のどろながしの目的は,ため池に堆積した泥を海へと流し出すことにある.日本の他の地域に目を向けると,生物多様性保全のための池干しが行われている例もあるが,淡路でのどろながしはまだそういった目的ではおこなわれていない.ただし,里のお百姓さんの多くはため池のブラックバスを歓迎していないので,どろながしの際にブラックバスの駆除を多少ともやる人はいる.
 この池では,阪神淡路大震災の数年後に堤の改修をおこなっており,その際にどろながしを実施したが,それ以降,十数年にわたって泥流しはおこなわれていない.

どろながしの手順
・事前の減水
 1ヶ月くらい前から,池の水を減らしていた.この池は,上樋(直径15cm),下樋(直径15cm),底樋(直径80cm)の3つの樋があるが,事前に下樋を開けて,下樋のあたりまで水を減らしていた.
(下樋を抜いたときの水位)
・コイ捕り
 どろながしの際にコイやフナをつかまえるのは昔から行われてきた.従来はタモ網やさで網などで魚と人がタイマンバトルをしていたようだが,近年は海の漁師さんが参加するので,効率の良い漁法が採用される.今回は「はこぶね」と地引き網が導入された.はこぶねは海苔養殖の作業用の舟だ.減水して狭くなっている池にはこぶねをうかべ,舟で地引き網をひろげる.その後,水際の漁師さんたちが地引き網を引き,フナやコイやブラックバスを漁獲する.漁獲物はカゴにいれられ,堤の法面をバケツリレーして,堤上にとめたトラック荷台の水槽コンテナへと運ばれた.
(はこぶねで網をひろげる)
(地引き網を引く)
・どろながし
 コイ捕りが終わると,いよいよ泥を流し出す.底樋を開けると,水が勢いよくながれだす.この流れにのせて泥をかきだす.スコップや鍬などをつかって,泥をおしながす.さらに,消防団が持ち込んだ消防ポンプで泥をおしながす.ポンプが吐出する水は,ため池のやや上流側にコンパネで堰をつくって溜めた水.どろを流しやすいように,この池の上にある別の池の樋をぬいて,流水量を増やすなどの工夫もしている.
(底樋を抜いて水位がさらに低下した)
(泥をかき出す)
(消防ポンプ)
(ポンプの放水で泥を流す)
 11時くらいから開始して,3時くらいに終了した.終了後,底樋をふたたび閉めたようで,翌朝にはじょじょに水位が上昇しているのが確認できた.

気付いたこといろいろ
・魚は圧倒的にフナが多かった.みたところ,すべてヘラブナだと思う.コイは数匹いた.フナは小さいものでも30cm以上.コイは60cmくらいはあるような大型個体しかいない.稚魚仔魚がいないことから世代交代ができていないことが分かる.小型個体がいないのはブラックバスに食べられるためだろう.
・カメもたくさんいた.クサガメは10匹以上つかまった.臭い.イシガメは1匹だけつかまった.ミシシッピアカミミガメはいなかった.
・干上がった泥底に,たくさんのタニシ(オオタニシだと思う)がいた.昔はどろながしの際に,陸におきざりにされたタニシをお年寄りが拾ってまわったそうだ.もちろん食べるためだ.タニシは30年くらいまえにはほとんど見られなくなっていたとお百姓さんがいう.その方によると,その当時のきつい農薬のせいだろうとのこと.さいきんまた増えてきているそうだ.
二枚貝はみあたらなかった.中山間の集落で聞き取りをしていると,からすがいやしじみをとって食べたという情報があつまってくる.しかし,いま,ため池でからすがいの仲間をみかけない.過去の農薬のせいか,ブラックバスのせいか,コイのせいか.よくわからない.シジミも生きている個体はみあたらなかった.もっとも,真剣にさがしていないせいかもしれない.
モクズガニがたくさんとれた.食べるために持ち帰ったが,かなり逃げられた.
モクズガニもふもふ)
オオクチバスがたくさんいたが,ブルーギルはいなかった.オオクチバスの最大個体は全長35cmくらいのもの.この池はバサーがたくさん来ていたのでもっと大型個体がたくさんいるのかと思っていたが,優占種はヘラブナだったようだ.

雷魚が2匹いた.タイワンドジョウカムルチーかわからなかった.あとで調べよう.お百姓さんたちは「朝鮮泥鰌」と呼んでいた.
ウシガエルの大きなやつを1匹つかまえた.後ろ足がおいしそう.たべてみようかな.

・昨年,どろながしをしたため池にはオオマリコケムシがたくさんいたが,今回の池にはいなかった.水系はちがう.
・堤から池の中心部にかけては水草はほとんどなにもない.上流端には行ってないからわからないが,ガマのような抽水植物のほかには水草があるようにはみえなかった.
・聞き取り調査では,からすがいのほかに,どぼこ(ドンコ?),はぜぼ(ヨシノボリ類?)などの利用もいろいろと出てくるが,昨年の池も今回の池も,そういった生き物がみあたらない.淡路島の山間のため池には,もともとどのような魚類や貝類が生きていたのだろうか.これらの生き物を利用する文化は,生き物の絶滅とともに消えてしまったのだろうか.もとの生物相や,それらの生き残っているため池の分布などを調べてみる必要がある.
・学生たちは,フナ,コイ,雷魚モクズガニブラックバス(死なせたもの)をおみやげにもらっていた.ちかぢか食べよう.
・コイ捕りであつめた魚のうちいくらかを他の池へとはこんでいる.今年は,2週間後にべつのダムでカイボリイベントがあり,その際にコイ捕り体験をしてもらうらしく,そちらの池(ダム?)へと運んでいたようだ.昨年のどろながしの際にも,コイ捕りでとれた魚の一部はほかの池に放流するためにはこばれていってた.その際,おおきなタモ網にいちどに数匹のフナをすくう.持ち上げるのがやっとくらいの重さになる.そのなかに,ときどきブラックバスが混じっている.よその池に運ぶということだったので,僕が気付く範囲ではブラックバスは除去した.しかし,どろながしの混乱とイキオイの中,ブラックバスが他のため池に非意図的に移植され得ることがわかった.
ブラックバスはコイやフナにくらべると泥に弱い.水位が低下して泥にもぐった時に真っ先に絶命するのがブラックバスであるらしい.とはいえ,今回のどろながしでは,終了翌日には下樋くらいまで水位が回復していた.取り切れず,泥の中に残ったブラックバスは運良く生きながらえた可能性がある.
・上樋と下樋は水面上のハンドルで開閉操作ができる.しかし,底樋をひらくには,まず下樋を抜いて水位をさげる必要がある.
(上樋と下樋のハンドル)
(底樋のハンドル)